hanaのひとりごと

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戦時中、武器を作るのに各家庭の鍋釜は没収され、空爆があるとみんなこぞって使えるものを拾いに行ったそうです

僕の母は広島に原爆が落ちた翌日、おばあちゃんと一緒に市内にリヤカーを引いて市内に出て今まで見たことのない光景を見てしまいました。爆心地に近づけば近づくほど焼けただれた人が増え川に差し掛かると水を求めて川にち数えきれない人が浮いていて怖くなって帰ってきたそうです。

その時母は被爆しました。父も同じく被爆者です。

祖母は42歳、母は62歳、父は65歳で癌で亡くなりました

市内に出なかった祖父や兄弟は長生きです

専門家ではない僕にはそれを証明する知恵も手段もありませんが「被爆」は確実に命を縮めることはわかります。

原爆を「戦争を早く終わらせることができて結果多くの人が死ななくて済んだ」と言う人がいますが、大切な人が同じ目に合ってもそう言えますか?

僕は幼い頃母に「あんたは体が大きくて力が強いんじゃけえ、あんたの力はあんたより力の弱い人のために使いんさい」

と言われたことを今でも覚えています

「原爆 何百万人の命救った」って本当?]

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